“聞きなれた声”  『音での10のお題』より

 

 
花霞の空の下、広がる光景にはやさしい色合い。

菜の花の黄色と緑。
アネモネの橙。
スィートピーのピンク。
木蓮の赤紫。
ユキヤナギの白と緑。
桃の濃緋色。
それからそれから、
密に疏にと重なり合った、
枝々の厚みに視線が吸い込まれるのが、
さくらの手鞠が織り成す、深みのある緋白。

どれもが可憐で柔らかい、早春の色ばかり。

晴れ渡ったいいお日和の下に見るのは格別で、
ついついと悦に入り、口許が綻んでしまうのを。
微笑ましいものを見やるよに、仄かながら目許を細めてる。

ねえ、気づいてますか?
あなただって、そんなやさしいお顔、出来るのに。
ボクのこと、ドキドキさせてくれるのに…。





          ◇



二人が並んで走る、黒美嵯川沿いのいつもの土手は、
川べりのところどころに、
誰が植えたか 菜の花畑の畝や桃の木があって。
今月の初めあたりから少しずつ咲き始めていたものが、
今はすっかりと満開になり。
重なり合ってその色合いを濃くし、
風に揺れては“ここよ”と自己主張しているかのよう。
見下ろした先のそんな愛らしいお花畑へと、
ついのこととて目許を細め、
それからその視線を前方へと戻す。
慣れた道には、日に日に暖まって来ての柔らかな、
けどまだちょっと、走る身の頬を撫でるには手厳しい、
冴えた感触のする風が往来し。
そして傍らには、自分と同じペースを刻んで駆ける人。

“…。”

並んで走るようになってもうどのくらいになるものか。
当初は何と言ってもこちらが途轍もないレベルの素人だったから、
無理はするなと、遅れて当たり前だと、
決して合わせてはくれなんだけれど、さりとて意識からは外さぬよう、
ずっと先でインターバルを取りながら、
追いつくの待っててくれたりもした進さんで。
それが今は、無理なくの同じ歩調で、
風を切っての飛ぶような翔走がこなせる。
規則正しい呼吸と歩調と、
風の中へこの身が溶け入るような、
風の翼に押し出されるような、そんな感覚が堪能出来る、
軽快な走り方をこなせるようにもなっていて。

“ついてくだけへ、まずは半年ほどかかったけれど。”

今は結構余裕だものなと、
こんな走り方が苦しくない、楽しい歩調となった身が嬉しくて。
そしての今日は、

「………あ。」

つい、声が出ていた。
少し先をゆく進さんを見やったその眸が、
彼の人の黒髪の向こう、
黒々とした並木の梢の方へも視線が伸びての、そのせいで、
ただでさえ大きめの瞳が、表情豊かな口許が、
うわぁという声と共に、大きく開いて止まっている。

「?」

まずは最初の一声に、何事かと振り返った進だったが、
連れの表情のあまりの急変へと、視線が止まった。
それから…しばしの間、

「…。」

そのお顔ばかりを眺めやっていたから。
二人ともが立ち止まっていると、先に気がついたのは瀬那の方。

「…あっ。ご、ごめんなさいっ!」

驚かせてしまいましたか?
そですよね、こんなとこで妙な声出したりして、あの・えと…っ
わたわたと慌て始める少年へ、

「…。」

その視線が泳ぐことへと眉をひそめた王城の騎士様。
さして乱れぬ呼吸の中、なのに小さく小さく吐息をつくと、
手首を撫でてのグローブを脱いで、
大きな手で相棒のくせっ毛ののった頭をぽふぽふと撫でて差し上げる。

「あ、はい…。////////

寡黙な騎士様からの、落ち着きなさいとのやさしい構いだて。
怒ってないから、迷惑なんかじゃないから。
見上げたお顔は確かに、ほんの少ぉし目許が和やか。

  ――― どうした?
       あ、えとあの。桜が満開になっていて…。

ほんの何日か前にも通ったのに。
その時はまだ三分咲きかなってくらいだったでしょう?
それがこんなに、全部咲いてるなんてって、びっくりして。

「…。」

桜はそもそも嫌いな花ではなかったし、
そういえばほんの一昨日にも、
別なところでそれはたわわに咲き誇る花王へと、
嬉しそうに笑ったセナだったのを覚えていて、

「…そうか。」

そんなに嬉しいのかとは言わなくとも、

「はいっ、嬉しいです。」

満面の笑みで応じてくれる小さな君。


  ――― あ・でも、ごめんなさいです。
       何がだ?
       ペースが狂ってしまったのでは?

いきなり立ち止まってしまっては、
ランニングにならないのではなかろうか。
汗だって引いたかも、調子が上がってた呼吸だって落ち着いてしまったかも。
しょぼんと落ちた肩がいかにも頼りないセナの様子へ、
ああまたかと。
思わぬ卑下を彼へと抱えさせた、
自分の真摯さが持つらしき、息苦しい重さというもの、感じ取る。

  そんな顔しないで。
  ねぇ、顔を上げて。

そぉっと手を延べ、小さな顎を掬い上げる。

「あ…。///////

真っ赤に染まった頬が愛しい。
でもまだお顔は堅いから、

  「俺が、どうして。先に桜に気づかなかったかが判った。」
  「はい?」

小首を傾げる仕草の愛らしさに、つい目許が緩むが、
こんなもの、とうにこの子には読まれているから隠すこともなく。

  「すぐ後ろが、肩より下ばかりが気になって、
   頭上へなんぞ、注意を向けるどころではないからだ。」
  「………それって?」

キョトンとしていたのも束の間。

  「あ…。
///////////////

桜よりも桃よりも鮮やかな緋の色へ、
じわじわと染まるは、柔らかな彼の頬。

  「〜〜〜〜〜っ。///////

進さんてばもうもうと困ったように、でもやっぱり嬉しそうに、
また笑ってくれる君。
こんな他愛ない一言で、
こうまで軽やかに暖かく、
大好きなその声で笑ってくれるのが、
胸の奥、擽って、こちらまで暖めてくれるから。



  ――― さあ、続き。走りましょ?
       ああ。



菜の花の黄色、アネモネの橙。
スィートピーのピンク、木蓮の赤紫。
ユキヤナギの白と緑。
桃の緋色に桜の緋白。
どれもが可憐で柔らかい、早春の彩り。
晴れ渡ったいいお日和の下に見るのは格別で、
ついつい悦に入り、口許が綻んでしまうのを。
微笑ましいものを見やるよに、眩しいものでも見るように、
仄かながら目許を細めて微笑ってる。

ねえ、気づいてますか?
あなただって、そんなやさしいお顔、出来るのに。
ボクのこと、ドキドキさせてくれるって…。






  〜Fine〜 07.4.23.


  *ひゃあ〜、お題ものって難しいですねぇ。
   一体どこが“聞きなれた声”だったんでしょうか。
   少しずつ、消化してゆきますので、長い目で見てのお付き合いを。
   どか、よろしくですvv

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